日本の可視光通信はこの人から始まった! 慶応義塾大学名誉教授 工学博士 中川正雄氏インタビュー【Vol.1】

公開日:  最終更新日:2016/04/29

カシケンのインタビューシリーズも回を重ねてまいりましたが、いよいよ、日本の可視光通信の生みの親でもある重鎮、工学博士で慶応義塾大学名誉教授の中川正雄先生へのインタビューが実現! 中川先生の精力的な研究と産業界への提言がなければ、未来を拓く可視光通信技術の存在はあり得なかったと言えるでしょう。先生の目に映る、日本の可視光通信の今と未来像について、貴重なお話を伺うことができました。第1回目の今回は、可視光通信研究までの歴史を振り返りつつ、中川先生の哲学を支えるご自身の体験についてお話いただきます。(4回シリーズ) IMG_0299(左)慶應義塾大学名誉教授 工学博士 IEEEフェロー (社)可視光通信協会 理事 中川正雄氏  (右)寿田龍人 カシケン運営・聞き手

通信への期待から大学の研究会に企業が殺到

私は慶應義塾大学工学部電気工学科を1969(昭和44)年に卒業し、1974(昭和49)年に学位を取得しました。スペクトル拡散通信、移動体通信に興味があり研究していました。その後オランダとドイツに留学、ドイツでCDMAに出逢い日本に持ち帰りました。このように長きにわたり「通信」を専門に研究をしていたわけです。 1980年代の後半、日本の産業界では、無線、ワイヤレス通信がさまざまな分野で活用されるはずだと、大きな期待が寄せられていました。しかし電波帯など政治的な問題もあって、足踏み状態が続いていたのです。そこで、我々は無許可、無免許で使える帯域を利用して、微弱無線での可能性を模索し始めました。 1986年か87年の頃だったと思いますが、最初の研究会を慶應でやった時には、100人くらいの部屋に200人くらい来ました。ほとんどが企業の人たちで、無線をやっている人ではなく、無線用のデバイスを作ろうとする人たちが部屋に入りきらないほど来られて。年に4回ほどの研究会は、毎回満員でした。それだけ皆さん欲求が強かったんだと思います。 IMG_0277

 ベンチャーと工学

そんな中で、アメリカのベンチャー企業が、カリフォルニアの電話会社とCDMAを利用した携帯電話の実用化に取り組むという話を聞いて、すぐカリフォルニアに出向きました。「クアルコム」です。元UCLAの教授で、クアルコム設立者のアンドリュー・ビタービ(Andrew James Viterbi)氏が、これからは無線だということでいろいろ説明してくれました。そこでCDMAがいいとおっしゃったんです。実は、当時日本ではCDMAはうまくいっていませんでした。僕は絶対できると言っていたんだけれど、周囲はみな絶対できないと言う・・・でも、クアルコムはできると信じて、さまざまな専門家をうまくまとめて技術開発をして、実現化したわけです。ビタービ氏のこのやり方は実に巧みで、学ぶところが多かったですね。 日本ではベンチャー企業というと、「起業する=金儲け」というイメージですよね。でもアメリカの場合は、クアルコムもそうですけれど、大学から起業する人たちが多いんです。大学は、論文、特許、次に本などを通じて自分の考えや研究を発表する、証拠を残すということで評価されます。 特に工学においては物作りが大事であり、最終的に売れないといけない、世の中の役に立たなくちゃいけません。論文でいくら「できる」と書いたところで、それが現実的に世の中の役に立たなければ意味はない、そういう考え方がアメリカでは根強くあります。だから、論文じゃ飽き足らない、本でも飽き足らない、そういう人たちが起業し、アメリカ、ひいては世界に貢献する。僕はそれが一種のアカデミズムじゃないかな、と解釈しています。哲学のようなものですが、単に「この先に金儲けがある」という考え方はしない方がいいと思いますね。 IMG_0285  

理論がすぐモノにできる時代

理系と言っても工学と理学系は本来違うものなのですが、今は双方のセンスが必要とされる時代です。ノーベル賞も役に立たないと受賞対象にはなりませんよね。昔は理論だけで「なるほど、たいしたものだ。それをモノにしてごらんなさい」的なところがありましたが、今は理論がすぐにモノにできる時代になった。サイエンスとテクノロジーの壁がほとんどないんです。 自分でも振り返ってみると、子どもの頃、ラジオなどを夢中になって作りました。そういう経験が後で理論を学んだときに、ああそうかと腑に落ちる、納得する、そういうのはとても重要だと思います。理論ばかりだと何ができあがるのかわからない。かといって職人気質すぎると細かい話ばかりで終わっちゃう。だから両方あるとうまくいく、良くわかるということがあります。 長い研究生活で身についた癖は、退職後の生活でも発揮されています(笑) 最近、家事や趣味を楽しむ時間ができたのですが、この楽器の原理はどうで、歴史はどうなっているのか、ドイツで音楽が発達したのは楽器製造に長けていたからではないか、掃除は一つの産業になるだろうか、メインテナンス工学という学問の分野ができるのか、整理整頓しやすい家の構造とは、ロボット掃除機が掃除しやすい家の構造はどうあるべきか、などなど、日常の実際の経験と理論を結びつけて楽しんでいます (中川氏 談)

次回は、日本の産業界の今と、さまざまなものを繋ぐ「ネットワーク」の意義について、引き続き中川先生のお考えを伺います。
日本の可視光通信はこの人から始まった! 慶応義塾大学名誉教授 工学博士 中川正雄氏インタビュー【Vol.2】

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