公開日: 最終更新日:2021/04/02

LED通信技術白書4

新型コロナウイルス感染症の流行で未開拓の光の領域も注目し始めました。ウイルスの抑制効果が深紫外線により可能であることを徳島大学が発表しています。[注1]光の領域は可視光通信や近赤外線通信はさる事ながら医療分野にも貢献し始めました。しかし、無線通信の分野において電波に勝る部分が世の中で注目されるにはもう少し時間が掛かりそうです。前回は電波による無線通信と光無線通信の違いを説明しました[3] 最終回は、日本において既にLEDでの光空間通信装置を製品化をして経済産業省・国土交通省が推進する「トラック隊列走行の社会実装に向けた実証」プロジェクトにも技術提供をしている[注2]株式会社三技協のLED Backhaulの特徴について解説します。

LED Backhaulの特徴

株式会社三技協が製造・販売しているLED Backhaul(以下LED BH)は、バックホール型光無線通信機機器です。送信素子として近赤外線LED、受信素子としてフォトダイオード(PD)を使用しており、通常2台のLED BHを正対させて、1対1の通信を行う装置です。本章では、LED BHの光無線通信機器としての技術的な3つの特徴を説明します。光無線通信自体の特徴については、LED通信技術白書1,2,3をご覧下さい。

 

概要

LED BHはバックホール型光無線通信機で、最大通信速度750Mbps、最大通信速度300mの性能を持ちます。現在、市販されているLEDを利用した無線通信機器としては世界最速を誇ります。その技術の元となっているのは、現在光無線通信の分野で先頭を走る、FraunHofer(フラウンホーファー) HHI研究所[1]の光無線通信技術です。その研究所の技術供与を受け、世界で初めて製品化されたのが、このLED BHです。

光無線通信でありながらハニカムフィルターにより屋外での通信を可能としており、世界で唯一の実用的な屋外バックホール型LED光無線通信機です(もちろん屋内でも使えます)。

 

特徴1: 光学的性能

LED BHは、送受信別構成で、送受信とも全く同じレンズを1枚だけ使っています。同じ光学機器であるカメラでは、非常に小型のスマートフォンのカメラであっても3枚以上のレンズを使うことが当たり前ですが、光無線通信においては色や形の収差を考える必要は無く、単純に明るさ(エネルギー)を取得できれば良いので、1枚のレンズで受信が可能です。また、同様の理由でさほどレンズ精度が必要でないためアクリルのプレス成型レンズを使用しているため、大型のレンズを使用していてもレンズの価格は高くありません。

LED BHはできるだけ長距離で通信できるように、光をなるべく絞って真っ直ぐに飛ばすようにしています。できるだけ理想的なコリメート光(平行光)に近づけるため、出力は高くないですが素子面積の小さいLEDを使用していて、100mで直径1m程度のスポットを作る光を放出します。これにより、LEDによる光無線通信としては長距離である300mでの通信が可能になっています。

レンズは直径10cmという比較的大型のフレネルレンズを使っています。これは受信の利得を稼ぐためのものです。LED BHはレンズサイズの割りに焦点距離の短い構成になっています。そうすると、LEDは完全な無指向性ではないことからレンズに当たる時点で均等に光が分布せず、レンズ中央部の光が強く周辺部が弱くなります。したがって、焦点距離:レンズ径の比が小さい場合は、送信側の大きいレンズはあまり効果的ではありません。一方、受信レンズは、相手の機器がある程度の距離である限り、コリメート光に近い光が受信対象となるため大きい面積を効果的に使用することができます。

 

LED BHは適応変調を採用しており、S/Nの上下により通信速度も上下します。光も電波の一種ですから、電波と同じように距離によって減衰します。距離によってS/Nが低下するため、当然通信速度も通信距離によって低下します。LED BHは最大通信距離300mとなっておりますが、その時の物理速度は100Mbps程度になります。また、近ければ近いほど高速になるかと言えば、残念ながらそうではありません。2台の距離が近すぎる場合、サチュレーション(過入力)が発生し、速度が低下する場合があります。LED BHの通信距離と物理速度の関係はおおよそ以下の通りとなります。尚、これは屋内実験環境における測定結果ですので、実際の使用環境や光軸合わせの状況によって値は変化します。

図1

LED BHの使っている波長は近赤外線(中心周波数850nm)のLEDです。赤外線にしているのは「見えない」という理由からで、通信技術的な理由はありません。可視光よりも波長の長い赤外線の方が空気中の減衰が小さいという事はありますが、LED BHの通信距離は最大300mで、波長による減衰の違いが通信速度に影響するほどの距離ではありません。Li-Fiの様に照明の光を通信に利用するのであれば可視光にしている意味はありますが、地面と水平に光を照射することになるバックホール型で光が見えていることにあまりメリットなく、逆に緑色のLEDや赤色のLEDなどを使った場合、信号機と間違えるという理由で使用場所に制限を受けるなどのデメリットがあります。白色光であれば水平照射でも環境的なデメリット無く使用することができますが、白色光を生成するには光を蛍光体に当てるか、RGBなど複数のLEDを使用する必要があり、通信とは関係ない部分での技術的な制約が大きく使うことができません。

 

特徴2: IEEE802.15.13とベースバンドチップ

最新の光無線通信の規格化は、IEEE802.15.13 (WPAN Multi-Gigabit/s Optical Wireless Communications)で行われています。802.15というとUWBやZigbeeといった無線のローカルネットワークを規格化するためのグループで、光無線通信においても同じようにローカルネットワーク装置として考えられています。IEEE802.15.13に属する無線通信はいくつかありますが、LED BHが属するのはHB(High Bandwidth)-PHYと呼ばれるものです。現在のHB-PHY[2]は、最大10Gbpsまで想定されていますが、現在詳細まで規格化されているのは2Gbpsまでです。LED BHは1Gbpsまでの規格に対応しており、最大速度は750Mbpsになっています。

OCR/MHz Clock cycle/ns Frequency up-shift
Fus/MHz
N(Nsupported)/
clock cycles
Max Gross
datarate/Mbit/s
25 40 12.5 128 (117) 253
50 20 25 256 (245) 530
100 10 50 512 (501) 1084
200 5 100 1024 (1013) 2192
400 2 t.b.d. t.b.d. ca. 4000
1000 1 t.b.d. t.b.d. ca. 10000

表 Numerology for High Bandwidth PHY(一部)

 

 

実は、これら規格はすべて光無線通信「独自」に決定されているわけではありません。現在の光無線通信の市場はそれほど大きなものではなく、残念ながらすべてを光無線通信だけのエコシステムで賄うことはできません。特に、高速に通信および変調を行うためのベースバンドチップの開発には莫大なコストがかかります。そのため、IEEE802.15.13では他の既存システムのベースバンドチップを使用することで速やかな製品化とコストダウン実現を図りました。その既存システムとは、高速電力線通信(Giga Home Netowrk: G.hn)です。G.hnは、既存の電力線通信を高速化するための国際規格です。しかも、電力線通信だけでなく、低速な電話線や高速化が可能な同軸ケーブルでの通信もサポートするマルチメディアな規格になっており、G.hnモデム用ベースバンドチップもそれらに対応するよう作られています。G.hnが包含する電力線通信や電話線通信(xDSL)は以前よりノイズに強いOFDMを採用しており、光無線通信においてOFDMを実装するには最適な規格だったのです。IEEE802.15.13は、G.hnの規格(ITU G.9960/9961等)の物理層、MAC層の内容を含んでおり、G.hnのベースバンドチップで動作できるように規格化されています。LED BHも内部のベースバンドチップはG.hn向けのものを採用しています。

 

G.hnは接続に関するプロトコルも規定されていて、IEEE802.15.13もそれに準拠する形になっています。G.hnには接続のグループ化(メッシュネットワーク)、暗号化なども含まれており、LED BHにおいても、それを実装しています。例えば、LED BHにおいても1対複数の接続に対応しています(ただし、LED BHはバックホール型であるため意味の無い機能です)。光無線区間の暗号化はAES-128にて行われます。近年の暗号化技術としては高強度の暗号ではありませんが、そもそもバックホール型光無線通信の特徴として「光が広範囲に飛ばない」こと、そしてそもそもLED BHが同型機以外とは通信できないことを考慮すると、無線区間での傍受は現実的ではなく、十分に高い秘匿性を持ちます。

 

G.hn向けのベースバンドチップは、すでに数多く出回っており、実績があり動作も安定しています。光無線通信という新しい分野の装置でありながら、LED BHが安定して動作することには、このベースバンドチップが寄与しています。

 

特徴3: 通信

LED BHは、物理的な通信インターフェースとしてRJ-45コネクタの付いたLANケーブルが製品後部から伸びています。その形状から分かるとおり、LED BHはイーサネットを無線化する装置です。LED BHは、スイッチングハブと同じようにLayer2までの通信を管理します。IPレイヤーに対しては関与しません。これは通信機能を提供するチップとして前述のG.hnのベースバンドチップを使用していることに由来します。G.hn(電力線通信)のモデム装置がIP層を見ていないからです。IP層を見ていないため、IPアドレス設定に限らず光無線通信部分さえ接続されれば、通信は開始されます。IPアドレスのサブネットなどは無視されますし、光区間においてはUDPとTCPは区別されません。

LED BHはIPを全く使用していないわけではありません。機器の設定用IPアドレスがあり、そのアドレスへアクセスすれば設定画面に入ることができ、QoS[3]やマルチキャストの設定ができます。こちらもスイッチングハブの設定画面と同じものとお考えください。仮に設定用IPアドレスが光区間で通信するIPアドレスからは通信できない値に設定されていた場合でも、設定画面には入れませんが光区間の通信は問題なく行われます。

 

光無線無線区間は無線のため、物理層ではエラーが発生します。しかし、通常の使用環境であれば、FEC(エラー訂正)及びARQ(エラー再送)によりMAC(L2)でのエラーは0、すなわちエラーフリーになります。エラー再送が間に合わないほどの大きなS/Nの変動があった場合にはエラーが発生する場合がありますが、LED BHを通常のバックホール型光無線通信機と使用している限り、エラーの発生を考慮する必要はありません。

 

ほとんどの光無線通信では、LOS(見通し内通信)が必要で、見通しがなくなると通信が切断されます。LED BHにおいてもそれはおなじであり、見通しがなくなると通信が切れます。LED BHは適応変調方式をつかっており、かつS/Nの変化に対し高速に追従しますので、レンズの一部が遮蔽される程度では切断はされません。また、前述の様にほんの一瞬(完全に)遮蔽される程度であればFECとARQによりエラーは回復されます。完全に遮蔽され、見通しがなくなる時間が一定時間(およそ200msec)を超えると切断となります。また、LED BHはイーサネットを無線化する装置です。そのため、双方向通信が必須で、送受信がともに通信できていることが通信可能な条件となります。LED BHの向かって右側が送信レンズ、左側が受信レンズですが、そのどちらかが完全に遮蔽されると通信は切断されます。

 

スペック

LED BHの仕様は以下の通りです。

項目
通信規格 IEEE802.15.13 (Draft)
中心波長 850nm 近赤外線
データ通信速度(物理速度) ベストエフォート型
最大 750Mbps
最大通信距離 300m
レンズ 有効直径 100mm 専用フレネルレンズ
セキュリティ AES 128 (ペアリング時)
通信規格 IEEE802.3ab(1000BASE-T)
IEEE802.3u (100BASE-TX)
データ転送速度 100/1000 Mbps 自動設定
データ転送モード 全二重(Full Duplex)固定
端子 RJ-45 プラグ (8極コネクタ)
重量 2.6kg (AC アダプタ、スコープ含まず)
外形寸法 W262 × D158 × H150 mm
動作温度: -25~50度
動作環境 動作湿度: 100%(水中での動作は不可)
保存温度: -40~70度
電源電圧 本体直接接続: DC12V
AC アダプタ: AC100~240V, 47~63Hz
消費電力(Typical) 本体直接接続: 15W
ACアダプタ: 17W
取得規格 VCCI Class B (CISPR32)
CEマーキング
防塵防水性能 本体: IP67
ACアダプタ, 電源コネクタ: IP68

 

[1]: Fraunhoferはドイツにある欧州最大の公的研究機関グループで、その中のHHI(Heinrich Hertz Institute)研究所はベルリンを本拠地とする通信の研究所です。日本で言えば情報通信研究機構(NICT)にあたります。

[2]: ここで表記されているのは光無線区間の物理速度です。MAC(L2)での速度は物理速度の約80%となります。

[3]: QoSのフラグはMACのペイロード(IPのヘッダー)に記載されますが、QoSに関係するデータ部分だけを見ており、IPヘッダー全体を見ているわけではありません。

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